株式会社アイパートナーは、人材の育成と経営のしくみづくりを中心に、創業から上場企業まで1,000人以上の経営者の指導実績をもつコンサルティング会社です。

アイパートナー

愚直な社長の参謀

 

志誌ジャパニストに連載された「愚直経営のススメ」をご紹介いたします。

全8回ございます。ぜひ、ご覧ください。

 

愚直経営のススメ 第1回 第2回 第3回 第4回 第5回 第6回 第7回 第8回

第7回 不のエネルギーを活かす

負と向き合う

 私が経営をサポートする仕事に就くきっかけは、今から思えば高校二年生、十六才、第二次オイルショックにありました。
 故郷の基幹産業であった繊維産業は大打撃を受け、父が勤める会社も廃業し、父は失業することになり大学進学も危ぶまれました。まだ学生ながら社会への強い憤りを感じ、「経営者は会社を潰してはいけない。社員も自立し、強くなくてはいけない」という問題意識が芽生えました。社会人になってからも会社のさまざまな問題に直面すると、経営はどうあるべきか、社員はどうあるべきか、を考えるようになりました。
 経営を裏側から見ると、どんな立派と言われる会社でも厳しい現実があり、問題を山ほど抱えています。上場し強い組織で支えられている会社はほんの一握りで、上場企業でも五〇%は同族と言われ、大半の会社はオーナーの属人的な力で経営されていることになります。
 オーナー経営は世襲が原則ですから、二十年から三十年の長期政権が当たり前です。オーナー経営は会社と個人が一心同体、中小企業経営者なら銀行に個人保証していますから、失敗すると破産し家族も路頭に迷うことになります。永年経営をやっていると、優勝劣敗・淘汰の危機に瀕し、首の皮一枚まで追い詰められることは珍しくありません。国の基幹産業である大企業であれば、政府が国庫で助けてくれますが、中小企業の場合は銀行の手のひらで転がされ、いかに生き残るか、経営者としての真価を問われることになります。

 

危機で培う経営力

 では、経営力とは何を指すのでしょうか。それは器量と度量という二つの言葉に集約されるでしょう。器量とは事業を成功させる能力、つまり商売を上手くする企画力や組織システムの運営能力です。一方、度量とは、人間としての懐の深さ、自分の考えと異なる意見や人を受け入れ、自らを戒め向上させる力です。さらに、物事の裏表を理解し、清濁併せ飲む受容性なのです。
 危機に瀕しては、さまざまな問題が噴出してきます。受注減、重要顧客からの取引打切り、売上低下による赤字転落。生き残りのために経費削減から人件費削減へ。優秀な社員の離反。銀行からの借入金返済の督促。仕入先などへ頭を下げて支払時期変更の要請などなど。いずれも経営者にとってのプライドがズタズタになることです。
 しかし、責任を取って辞めるという選択肢は存在せず、問題を真っ正面から受け止め、前に進まなければなりません。「あの時はウツになりそうだった」と後々語られる経営者も少なくありません。そんな経験を乗り越えて、不屈の精神をもった経営者になっていきます。ベンチャー投資家の中には、経営危機を乗り越えた経営者にしか投資をしないという人もいるほどです。

 

好況よし、不況なおよし

  この言葉は経営の神様と言われた松下幸之助さんのものです。好況が続くと努力せずしても売上や利益が伸び、気が弛み努力を怠る。不況になるとお客様の見る目が厳しくなり、本当の力が問われ、気が引き締まり努力を促す。好況と不況を経て、会社や人が成長していくというのは、この世の真理です。自然界に喩えるならば、四季があり温暖と寒冷を繰り返し、木が年輪を重ね強くなっていくようなものです。
 ここで、危機の効用について、考えてみましょう。
①人は困らなければ変われない
 好況で業績好調の際に持っていた全能感と言えるほどの自信も、危機に直面し一気に吹き飛び、謙虚さを取り戻します。 生き残りのために、不採算の商品や事業の打ち切り、しがらみを断ち切り、常識や成功体験を捨てることになります。いかんともしがたい現実を受け入れ、「人事を尽くして天命を待つ」のごとく、結果が出るのをただただ待つ強い忍耐力が養われます。 そして一円の大切さを知り、懸命に働いてくれる社員、厳しいことを言っても支援してくれる人たちのありがたみがわかるようになるのです。 
②カオスから生まれる創造性
 世の中には失敗や苦境の混沌から新しいものが生まれるケースが少なくありません。シャンパンはワイン作りの失敗から生まれましたし、ノーベル化学賞の田中耕一さんは、実験の配合ミスから画期的な発見をしました。ディスカウントのドン・キホーテは、事業閉鎖の後始末中の乱雑な店舗に偶然にも人が集まり、現在の業態を作りあげたといいます。カオスは視点の転換を促し、新たな展開に導いてくれるのです。
③志を強くする
 志とは、自分や会社が到達しようと定めた目的地であり、一生追い続けるビジョンと言えるでしょう。「何のために会社はあるのか。自分の使命は何か」原点に立ち返り、地に足のついた理念やビジョンを再構築する機会となります。それは私利私欲から出たものではなく、公欲、つまり人のため、社会に貢献するという使命感を指します。
「辛酸を経て志固し」この言葉は西郷南洲のもので、人は辛酸体験を経ることで強くなり、筋の通った強靭な精神が養われるという意味です。彼は薩長同盟や江戸城無血開城など江戸から明治への道筋をつけた明治維新最大の功労者の一人で、器の大きいことで有名です。彼は島流しや自殺未遂などの辛い経験を経て、並外れた胆力を身につけたのでした。

 

徳川家康の人間力

 日本の歴史上で度量の大きな人物と言えば徳川家康でしょう。彼は武断政治による乱世に終止符を打ち、文治政治による平和な世の中の礎を築きました。彼が掲げた理念は「厭離穢土欣求浄土」であり、苦悩の多い穢れたこの世を厭い離れたいと願い、心から欣んで平和な極楽浄土を冀うことでした。
 彼は幼少期から人質に出され、初戦の三方ヶ原の合戦で武田信玄に叩きのめされ、お家を守るために長男を切腹させるなど、辛酸を舐めつくしました。そこから戦のない平和な世の中を作る志を立てたのです。
 私欲を捨て義憤や公欲に生きる立派な人は皆、苦しい負の体験を経て人間力を身につけています。それは、知識でもなくスキルでもなく、心のあり方を問うものです。経営者は権力が集中する立場にあるからこそ、人並み外れた自己統制が求められます。愚直な経営者は日頃から危機を想定し、自問自答で心を磨く自己鍛錬によって人として磨かれていくのです。
 易経に「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず」という一節があります。事態がどん詰まりの状態にまで進むと、そこで必ず情勢の変化が起こり、そこからまた新しい展開が始まるという変化の法則です。この法則を心得て、負のエネルギーをうまく活用していきたいものです。

 

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■愚直経営のススメ 全8タイトル
第1回 大智は愚の如し
第2回 人間の尊厳を守る
第3回 愚直経営者の人間的魅力
第4回 日本ブランドの経営
第5回 持ち味を研く
第6回 閾値超えの戦略
第7回 不のエネルギーを活かす
第8回 いい人生の物語をつくる
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